2020年12月16日、若手研究者と企業等の交流・連携機会の創出を目的としたマッチングイベント「第1回メドテックマッチング 若手研究者による医療機器開発」がオンラインで行われました。
このイベントでは、AMED「官民による若手研究者発掘支援事業(社会実装目的型の医療機器創出支援プロジェクト)」の前身事業に当たる、AMED「未来医療 革新的医療機器創出支援プロジェクト」を修了した2名の先生がゲストスピーカーとなり、「若手研究者による医療機器開発」をテーマに講演しました。

ニューロリハビリテーションを高度化・効率化するAI技術とロボットの研究開発

ゲストスピーカー

野田 智之

株式会社国際電気通信基礎技術研究所・主任研究員。ニューロリハビリテーションを高度化・効率化するために、熟練療法士のカンや経験をロボットAI技術でデジタル化するプロジェクトで臨床拠点での実証を推進しつつ、研究成果の社会実装の事業移転とベンチャーキャピタル・個人投資家との投資交渉、国内外で知財成立させるなど事業化を推進。さらに、リハビリテーションロボットのために開発されたコア技術となる人工筋・関節技術を、ものづくり産業における職人の力加減を実現するプロジェクトを推進している。

講演内容

私が考える革新的(バイオデザイン)医療機器

これまでの医療機器開発は、既存の技術に制約され、解決できる課題は従来技術の延長線にある課題に限定されるケースがほとんどでした。一方、私が考える革新的な医療機器開発は、解決したい課題が先にあります。それから必要な技術開発がおこなわれ、初めて課題が解決されると考えています。まずニーズをベースにすることで、従来技術だけでは解決できなかった課題を解決でき、それを他の適用用途にも波及させることができます。

研究開発の背景と解決したい社会課題

私の研究は、基本的に歩行のリハビリテーションを助けるロボットやAI技術の開発です。世界では2秒に1人、日本では2分に1人が脳卒中になっているといわれていますが、脳卒中から回復しても麻痺が残ると、脳が麻痺歩行を学習してしまうという現象が起きます。完成した麻痺歩行を以前の状態に変えるのは難しく、特に足首の機能回復は困難なため、現状では多くの患者さんが短下肢装具に依存しています。

これではいつまで経っても自然な歩行や転びにくい歩行は実現できません。また、畳文化のある日本では、装具を外して生活したいという強いニーズがありました。そこで本研究では、装具から脱却するために歩行介入を最適化・高度化するためのリハ支援システムの開発を目的としています。

ニューロリハビリテーションと目指す方向性

リハビリテーションは主に、麻痺していない手足や道具をうまく使えるようにするものと、麻痺した手足を使えるようにするものに分かれます。後者のなかでも、脳・神経経路の可塑性を誘導して、質の高いリハビリテーションを提供するのがニューロリハビリテーションです。ニューロリハビリテーションの目標は、急性期・回復期・慢性期の幅広い患者に適応し、それぞれの患者さんに合わせたより良い回復を目指すことです。

従来技術とのコンセプト対比

そのためにAIロボットは何ができるのか。従来技術のコンセプトは主に3つに分けられます。脳の運動想起を取得して関節を駆動する「BMI」技術、筋電を検出しモーターで力を増幅するCyberdyne社の「HAL」、脊椎神経経路を正しく賦活する「足関節ロボット」です。

私が開発している機器は、足関節ロボットのコンセプトに属しています。麻痺歩行から脱却するためには、脊髄神経経路を正しく動かし、その状態で脳に新しい回路を作ることが重要だという考え方です。実際に、開発してきた下肢リハビリロボットを使った多くの患者さんから内観として「歩き方を思い出した」という報告があり、この考え方は仮説として正しいのではないかと考えています。

足関節ロボットの効果の実証と地上歩行への適応

ではどういう機器かというと、足裏の荷重センサから歩行のフェーズを取り出し、介入のパターンを理学療法士が個別にデザインしていくといったものです。この足関節ロボットの効果の実証として、運動療法対照群と比べて、足関節ロボット群は約1ヶ月後に床反力の推進成分の向上がみられ、歩行速度が伸びて床を蹴られるようになったという結果が出ました。

しかし、トレッドミル上では歩行がよくなっても、地上歩行では足の運び方が変わってしまう症例が発生しました。そこで、トレッドミル上だけではなく、地上歩行でも脳卒中になる前の歩行を思い出せるようなアシストを提供できないかというProof of Concept(PoC)を実施。プロジェクトは実質5ヶ月くらいでしたが、リハ室の天井のフレームにロボットを一式組み込み、患者さんで実証するという目標を立てました。

実証のプロトコル(治療パイプライン)

実証のプロトコルはこうです。まず評価を含めて10日間のトレッドミル歩行をした患者さんを地上歩行に適応できる状態にして、膝のコントロールが可能であれば足関節ロボットを、コントロールができなければ膝・足関節ロボットを使います。当初の実証では地上歩行のみでの患者さんでの臨床トライアルでしたが、より臨床的に意義のある、長期介入を含む治療パイプラインを想定して臨床トライアルを実施するチャレンジ目標を設定しました。

最初はパラメータをうまくチューニングできないなど課題もありましたが、改善を繰り返し、患者さんも非常に歩きやすくなったということで、当初のコンセプトを達成でき、研究開発を終えました。その後、ISPRM(国際リハ学会)で展示した際には、国内外から高い評価を得ることができました。

今後の展開と事業化について

今後の課題は、医療機器の規制に対応できる事業化チーム作りです。特に製販企業の部分には注力したい考えです。また、技術移転に向けたベンチャーを創出し、ライセンスやコア技術、ドキュメンテーションなど集約してパッケージ化したいと考えています。

プロジェクト終了後の展開としては、「麻痺歩行の個別性」と「操作の簡便性」という相反する要求を同時に解決し、熟練療法士の経験や勘といった暗黙知に頼っていた従来の治療戦略をデジタル化・可視化することで、治療の高度化を目指します。また、治療戦略の可視化は、人材育成や新たな気付きの創出にも役立つと考えており、インターネットの検索エンジンのような「歩行介入エンジン」を実用化させたい考えです。

事業化に関しては、まず下肢の足関節ロボットをフロントランナーとして上市。その後、膝・足首の2関節を組み合わせたより複雑なモデルを上市して市場規模を拡大するとともに、ソフトウェアなどをライセンス提供するサービスを展開できないかと考えています。さらに、過去のAMED事業のネットワークを活用するなどして、機器開発や人材育成を進めていく予定です。

若手研究者へのメッセージ

若手研究者の皆さんとは、社会課題を解決する人材が正しく評価され育成できる環境を作り、実用的な領域で新たな学術的課題が生まれる世界を作っていけたらと思っています。プロジェクトで重要なのは支援や予算はもちろんですが、もっと重要なのは、予算が取れなくてもプロジェクトが進められるチームです。

私は「PoC=Proof of Concept」の前に「PoC=Power of Concept」があると痛感しています。あなたのコンセプトには力がある。コンセプトをきちんと設定して、その力を信じることが大切です。ありがとうございました。

高い耐久性と安全性を有する磁気浮上式次世代型小児用補助人工心臓の研究開発

ゲストスピーカー

長 真啓

茨城大学理工学研究科(工学野)機械システム工学領域 助教。世界最小の磁気浮上型小児用人工心臓を目指した5軸制御磁気浮上モータの小型化、高性能化に関する研究に従事。アキシャル型磁気軸受の最適設計、モータのセルフセンシング駆動方式、磁気浮上回転時の浮上ロータのダイナミクス解析についても研究を行う。2018年度にAMEDの未来医療を実現する医療機器・システム研究開発事業を通して、磁気浮上型小児用人工心臓を用いたin-vitro,in-vivo(急性動物試験)を実施し、開発機器の十分な実現可能性および血液適合性を示した。2019年度からは、AMEDの先端計測分析技術・機器開発を通して、本人工心臓の改良および動物試験における医学的評価を実施し、機器植え込みでの長期動物試験を目指している。

講演内容

小児用人工心臓開発の背景

人工心臓は、日本でも2010年ごろに国産の人工心臓が承認され、今でも盛んに臨床応用されています。主に研究されているのは成人用ですが、小児用も開発の機運が高まっています。しかし、小児用の人工心臓は使える機器が非常に限られており、ほとんど「EXCOR Pediatric」という小児用体外設置式補助人工心臓システムに依存するしかないのが実情です。

この人工心臓は、人間の心臓と同じように血液を吸ったり吐いたりを繰り返す拍動流式であり、体積が大きいため体内に埋め込むことはできず、送脱血管が皮膚を貫通して心臓に接続されています。こうした現状を打破すべく、小児の体内にも埋め込める非常に小さいサイズの人工心臓がアメリカで開発されました。

これは連続流式といって、ポンプ内で羽根車が回転して血液を動かす仕組みです。羽根車は接触式の軸受で支持されているため、接触式の連続流ポンプと呼ばれています。つまり、回転体を支持する機械的なベアリング(軸受)が入っているものです。

革新的技術の必要性

このポンプの課題は、接触部分の耐久性はもちろん、摩擦熱による血液の凝固や、血球崩壊による溶血などがありました。また、子供用の人工心臓は、解剖学的制限からデバイスの小型化が必須です。血液は低流量で補助すればいいのですが、一方で、血圧は成人とほぼ同等の揚程を維持することが必要となり、患者さんの成長に応じて循環流量を増加させなければならず、これが非常に難しいポイントです。特に、回転体を支持する部分は接触式では難しいといわれており、非接触で支持できる機構の開発が望まれています。

磁気浮上型人工心臓の有効性と革新的要素技術の概要

私達の研究は、非接触の軸受機構を実現し、それを用いた人工心臓を開発することです。有効性としては、小児の成長に応じてポンプの駆動回転数を変更して補助流量を変える際に、摩擦・摩耗のない完全磁気浮上型では摺部分がないために高耐久であること、非接触支持により低溶血・抗血栓であることが挙げられます。

この磁気浮上式小児用人工心臓の革新的要素技術の概要は、2つのモータのみで浮上インペラの姿勢5軸を能動制御可能な方式の考案(特許取得済)により、モータの小型化・高性能化が図れることです。

事業開始前の研究準備状況

磁気浮上モータの開発は2012年から始まり、磁気浮上制御原理の提案や実機による原理検証、基礎特性評価、磁気浮上性能評価などを2015年までにおこないました。2016年から2018年にかけては、モータの小型化や高性能化に取り組み、医療機器応用の検討などをおこなっています。とはいえ、未来医療を実現する医療機器・システム研究開発事業に申請したときは、医療用途としてまだまだ改良する余地が残されている状態でした。

未来医療事業での主な事業や研究開発計画

未来医療事業は2018年8月から始まりましたが、キックオフや契約なども考えると実質的には9月始動です。約7カ月の間、少ないマンパワーを活用して大急ぎで研究を進めていた、というのが実情です。訪問機関は国立循環器病センター人工臓器部に依頼し、そこで医学的な評価をおこない、私達は工学的なものを作るという形で進めていました。その間、研究開発計画評価とメンタリングが3回、座学セミナーが2回、サイトビジットが3回ありました。

研究開発計画は、おおまかにいうと最初の四半期でモーターがきちんと作動するところまで装置を組み上げ、次の四半期で溶血性能試験をおこない、最後の四半期で動物試験まで到達するというものです。もしどこかでつまづいたら計画が動かなくなるほどタイトなものでしたが、無事に計画通り進めることができました。

事業中に提案いただいた後続申請先

未来医療事業中には、後続事業としてAMEDから「医療分野研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)」と産学連携医療イノベーション創出プログラム(ACT-MC)」をご提案いただきました。サイトビジットにおいて、本研究がかなりアーリーなフェーズであることを認識してくださっていたこともあり、若手推奨の事業を推奨していただけたのは非常によかった点です。結果として、私は先端計測分析技術・機器開発プログラムに申請することにしました。

先端計測分析技術・機器開発プログラムは、基礎研究・応用研究・非臨床までのフェーズにあたるもので、その中でも「要素技術開発タイプ」と「先端機器開発タイプ」に分かれます。私は要素技術開発にアプライしました。

事業終了から申請まで

続いて、未来医療事業終了から先端計測分析技術・機器開発プログラムの申請までのスケジュールについてです。3月6日に急性動物試験が終わった時点で、先述の通り、AMEDから継続事業のご提案をいただきました。12日に国立循環器病研究センターの先生と申請相談をおこない、20日には企業の方に事業説明と申請相談をしました。

それから6日後の3月26日はもう申請書類の締切日で、非常に急スピードで動いていた印象です。ですので、未来医療事業に採択され、さらに継続を考えている方は、できるだけ早い段階から準備を進めておくとよいと思います。

新規申請にあたって感じたことや勉強になったこと

申請書を提出する際は、研究内容と申請先の適合性は非常に重要だと感じました。特に、開発のフェーズやプログラムの位置づけ、開発目標などにマッチしているかは非常に気を使うことが大切だと学びました。

申請書類の書式は、事業を管轄する省庁が同じであればフォーマットも似たものであることが多いため、チェックしておくと申請書作成がスムーズになると思います。また、審査員の分野などを知っておくと、ヒアリングの際にどういう話をすればいいかなどの戦略が立てやすくなります。

研究開発体制では、医療機器のクラス分類や事業化実現性、しっかりした要素技術があるかどうかは、企業とのマッチングにおいて非常に重要な項目になると思います。また、企業側と大学側で特許や業績に対する姿勢が噛み合わないこともあるので、よく調べておく必要があるでしょう。

なんといっても、医療機器開発は医療機関とのつながりが非常に重要で、良好な関係を築くことでよりよい研究成果が得られることを強く認識しました。また代表機関の構成員がどれだけのマンパワーを割けるのか、あらかじめ研究員を増やせるのであれば充実させておくのが得策です。

研究スケジュールとキーステップ

先端計測分析技術・機器開発プログラムは、3年間の事業になっており、まずは未来医療事業で製作したポンプの評価をおこない、急性動物実験などをする上での課題を洗い出します。それから試作2号機、試作3号機と医学的評価を繰り返し、プロトタイプ機を植え込んだ慢性動物実験まで終了させることが最終目標になっています。

試作初号機は樹脂ポンプに軟鉄のモータを用いたものでしたが、それから一部にチタンを用いたり、損失の低いモーターに変換したりするなど、改良を重ねました。試作3号機からはオールチタンにして、体内への植え込みに向けて現在準備を進めています。

事業終了後の研究開発計画

先端計測分析技術・機器開発プログラムは2021年までの予定ですが、そこからさらにAMEDの事業につなげて計画を進めていきたい考えです。ポンプができあがっても、磁気浮上式小児用人工心臓をシステム化するには、送脱血管、ドライブライン、コントローラ、電源などさまざまな周辺機器の技術開発が欠かせません。それらをクリアするためには企業の力が必ず必要になるので、今のうちから未来医療事業の教訓を生かして事業化を推進していこうと思っています。耐久性試験や臨床試験は、人工心臓のガイドラインに沿って計画しながら、PMDAと相談して進めていくことを考えています。

最後に

今回、AMED事業を通して研究開発をおこなっている磁気浮上技術を用いた次世代型の小児用補助人工心臓について紹介しました。本研究を遂行するにあたっては、産学連携や医工連携の難しさと重要性を強く感じています。開発フェーズに応じて主体を企業と大学のどちらにおくかなど、研究開発体制を柔軟かつ適切に構築し、薬事戦略や事業シナリオを立てながら実用化を目指しています。以上です、ありがとうございました。