2021年2月10日にオンラインで開催された『第1回ケースメソッド』では、テーマに「日本の研究者/大学発のシーズ技術で、日本企業ではなく海外企業に実用化され、医療機器として上市された事例研究」を設定。参加者によるグループディスカッションの後、株式会社PROVIGATE代表の関水康伸氏から講義がありました。

グループディスカッション

ケースメソッドの前半パートでは、参加者が海外企業によって事業化され成功を収めた日本発のシーズ技術の事例を共有。その要因を把握し、将来的にどういった意識で開発研究に取り組むべきかについてグループディスカッションが行われました。

ディスカッションでは最初に、ファシリテーターが「パルスオキシメーター」「3Dプリンタ」「冠動脈ステント」の事例概要を紹介。参加者はA・B・Cの3グループに分かれ、なぜこうしたシーズ技術を日本の企業が実用化できなかったのか、その要因を考察しながら議論が進められました。

グループ発表の概要

ディスカッションの後、各グループの代表者により結果が発表されました。各グループからは主に以下の論点が挙げられ、活発な意見交換がなされました。

  • 小規模な企業ではチーム体制を整えることが難しく、提案力や開発力、他企業とのつながりが脆弱になりがちだ。大企業の専門人材をいかに有望なシーズにつなげられるかが課題だ。
  • 海外企業との連携も視野に入れるべきではないか。一方、海外企業にどうチャンネルを開けばいいかという課題もある。そのためには適切なチームビルディングが重要で、研究者個人もネットワークを広げることが求められる。英語での発信力やコマーシャル力も必要だ。
  • 実学研究において、日本の研究者は論文を書くことがゴールになっている感があるが、アメリカは論文ではなく製品化がゴールになっている。日本は独創的なアイデアを周囲が認知して醸成していく環境が整っていないのではないか。
  • シーズ技術を製品化まで進展させるためには、早い段階で出口戦略の検討をしておくべきだ。研究者や企業との間にある壁を取りはらい、オープンイノベーションで進めることが重要だ。
  • 海外で特許を申請しておらず、知財戦略に負けた事例もある。また、日本では治験に要する期間や資金面で課題があるのに対し、アメリカは治験に対するスピード感も早い。
  • 日本の研究者は、上市までの流れを把握できていない場合が多い印象だ。海外では医療機器開発者に対してどういう教育がなされているのか、興味深い。

講義「Invented in Japan,Innovated in the USA?」

講師

関水 康伸

株式会社PROVIGATE代表。東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻修了、2007年博士課程修了(理学博士)。コンサルやプライベートエクイティを経て、糖尿病の発症・重症化の予防を目的とした東京大学医工連携スタートアップ、株式会社PROVIGATEを設立。家庭で低侵襲・安価・簡便に測定可能な血糖モニタリングシステムと行動変容アプリケーションを臨床医と連携して開発している。

講義内容

繰り返されてきた「Invented in Japan,Innovated in the USA」

本講義のタイトルは、私が起業して痛感したことでもあります。日本の医療機器開発においては、これまでたくさんの「Invented in Japan,Innovated in the USA」が繰り返されてきました。私が知っている関係者や診断薬・機器関連だけでも、何件も指摘できるほどです。

米国企業のイノベーションを取り巻く資金状況

なぜ米国は強いのか。日米のGDP比は30年間で2倍から4倍に拡大しました。米国の家計の金融資産は日本の約5倍になり、トップ5の企業価値の合計は日米9.5倍の差となりました。

米国のバイオ産業は非常に大きいイメージがありますが、米国のバイオとITのトップ5企業はその企業価値合計で6.5倍の差があり、IT産業の規模がいかに大きいかを表しています。これはApple社の手持ちキャッシュだけで、世界の製薬のR&Dを全てまかなえるほどの規模。これでは「勝ち目がない」というのが、資金力を見たときの正直な感想です。

1980年代からの30年でグローバルな人口が1.6倍になったのに対し、金融資産はなぜか16倍になっており、これはどう考えてもバブルです。米国企業は、このバブルを利用して上手にイノベーションしているのです。世界的に歴史的な低金利が続いている今、企業は投資を必要としていません。そうした状況の中、いかに資金調達して研究開発していけるかが、イノベーションの勝負どころです。

これからの世界で日本はどう戦うべきなのか?

経済成長の歴史は、フロンティア開拓の歴史でもあります。コロンブスの時代に交通のグローバル化が始まり、その後モノのグローバル化があり、現代では情報のグローバル化が進んでいる。もう地球上に開拓できる白地はわずかしか残されていません。これからの世界は、宇宙と芸術くらいしか開拓できる分野が残されていないといっても過言ではありません。その中で、我々は医療という基本的な領域に、どのように取り組んでいくのかをしっかり考えなければ、世界では勝つことができないでしょう。

米国と中国で起きていることは、異常な株高です。スタートアップが高いバリュエーションで資金調達してキャッシュリッチになり、ヒト・モノ・情報へ潤沢な投資がなされ、事業が成功してさらに資産バブルになる。いうなれば非常にハイレベルなチキンレースをしているようなもので、このチキンレースに我々が徒手空拳で挑んでも勝てる要素はないのです。

とはいえ、有限な地球においては永続的な成長はあり得ず、高株価を背景にした力勝負では伸び続けることができません。世界的な資産バブルはいずれ崩壊するでしょう。そうした中でも衣食住と医療の実体経済は負けることがなく、モノづくりは必ず復権します。日本はグローバルを目指しつつ、列強と同じ土俵での勝負は避けるべきです。日本のユニークネスを冷静に見極め、したたかに活用し、持続的な競争優位を世界市場の中に構築することが必要です。医療の領域でいえば、日本はアナログなモノづくりと高品質な医療情報で勝負するのは一つの活路であり、それらを掛け合わせた新産業を生み出すことが必要です。

大きなニーズに、充分な資金と優秀な人材を充てる

こうした現状において、私達はどう生き抜くのか。1980年代にシリコンバレーで開花したバイオテックの時代は40年に及びます。日本でも約40社のバイオテック企業が上場しています。企業価値の合計は兆円を超えるレベルです。しかし、実はまだ1社もブロックバスターを生み出すことができていません。日本のバイオテックにおいては、起業家・投資家・支援家の誰もが成功に向けて挑戦の途上にあるのです。

一方で、アメリカは数多くの成功例を積み重ねてきました。その中で唯一、米国のネットワークできちんと成果を出した日本人がいます。

彼らがやっていることは、極めてシンプルです。それは「大きなニーズと有望なサイエンスを正しく見定め、そこに充分な資金と優秀な人材を充てる」ことです。バイドール法やSBIRなどの法制度設計の巧みさ、世界中から人材が集まるアカデミックの環境、シード・アーリー・セカンダリー・グロース等各段階で潤沢なリスクマネー、成熟した上場市場、大企業によるM&Aマーケットの大きさ、さらには国を挙げた金融のグローバル化によるファイナンス力の強さ、優秀な人材の厚みと流動性など、成功の要因はいくつも上げることができるのですが、根本は発明者と起業家と篤志家をいかに結合させているかに集約されます。一度やると決めたら、カリフォルニアのスカッとした青空の下で如何にエンジョイし、事業を明るく押し進めてしていくかという、非常にシンプルなことしかしていないのです。

価値あるものを価値が分かる人に持っていく

日本にも、経験と決断力を持ち、なおかつ、まとまった金額を投資できる篤志家は実はたくさんいます。そうした優れた篤志家は、プロジェクトの社会的意義を理解し、サイエンスの確からしさやチーム編成なども瞬時に理解して、素早い意思決定ができます。医療機器開発スタートアップの第一歩においては「価値あるものを価値が分かる人に持っていくこと」が本当に重要です。

日本のバイオは、エコシステムとしては発展途上です。しかしそれを当事者として議論しても詮無いことです。今の環境で成果を出すしかありません。バイネームで見ていけば経験・知恵・知識・資金力をもった素晴らしい篤志家は日本にもたくさんいらっしゃいます。ですから発明者である皆さんは、シーズの価値をきちんと理解して判断できる人に提示する努力がまず重要です。こういった努力は、あなたの技術を世界に実装することのできる素晴らしい起業家との出会いにもつながるはずです。場合によってはあなた自身が起業家に生まれ変わるかもしれません。これが現時点での私からのメッセージです。