2021年6月29日から3日間にわたり、東京大学でバイオデザインメソッドによるアントレプレナー型若手医療機器研究者の開発サポートとして、ブートキャンプ式座学講座が開催されました。このイベントでは、「令和3年度 官民による若手研究者発掘支援事業」に採択された若手研究者を対象に、講義やワークショップによって、医療機器開発に必要な基礎知識を集中的なレクチャーが行われました。

医療テクノロジーの9つの戦略 

講師

前田 祐二郎

東京大学医学部附属病院 特任助教
バイオデザイン部門 部門長
ジャパン・バイオデザイン ディレクター

このセッションでは、バイオデザインプログラムにおいて事業戦略の立案に用いられる9つの戦略について網羅的な解説がありました。

冒頭であらためてバイオデザインプログラムの説明がなされ、日本の医療機器産業の現状や、シリコンバレーのベンチャーによる医療機器開発の特徴が紹介されました。また、各自の研究開発を成功させると同時に、医療機器開発人材としても能力を高め、次の事業も成功に導ける人材になることが肝要だと示されました。

続いて「知的財産戦略」「研究開発戦略」「臨床開発戦略」「承認戦略」「品質マネジメント」「保険償還戦略」「マーケティング・ステークホルダー戦略」「販売戦略」「競合優位性とビジネス戦略」という9つの戦略の各論が話されました。

「知的財産戦略」では、FTO(Freedom to operate)を意識することの重要性や、知財特許における防衛的戦略・攻撃的戦略について解説があり、「研究開発戦略」ではマイルストーン設定の考え方やエンジニアリングリソースの確保、試験方法やタイムラインについて触れられました。「臨床開発戦略」では臨床試験やそのコスト、臨床試験のエンドポイントの考え方などが語られ、「承認戦略」ではPMDAや厚労省の関係、医療機器の分類、医療機器販売規制の仕組み、相談システムなどが解説されました。

さらに「品質マネジメント」ではその重要性や基本的な考え方が紹介され、「保険償還戦略」では保険点数やプライシングの考え方や保険償還プロセスが、「マーケティング・ステークホルダー戦略」ではマーケティングミックスやステークホルダー分析の概要が語られました。「販売戦略」では医療機器販売のビジネスモデルの分類や特徴について説明があり、これまでの8つの戦略を分析して「競合優位性とビジネス戦略」を組み立てる必要があると示されました。

チームビルディングワークショップ

講師

甚上 直子

学校法人ユナイテッド・ワールド・カレッジISAK ジャパン
教育アントレプレナー支援事業責任者
ジャパンバイオデザイン チームコーチ & ベストメンター 2019

このセッションでは、バイオデザインでの「チームラーニング」について理解を深め、効率的なチームビルディングを実践するためのワークショップが行われました。

最初にワークグループとチームの違いが説明されました。チームは、お互いがヒエラルキーのない水平な関係性であり、リーダーの役割分散され、自然発生的な対話が生まれオープンな話し合いにより問題解決が促されます。また、ワークグループに比べて相互依存性が高く、成果は共同作業によって生まれるものだと説明されました。続いて、自分の常識を客観視してときにはそれにとらわれない行動を取ること、多様な背景と価値観をもって集まったチームとしての規範を意図的に作り、目標を定めて合意をすることなど、バイオデザインのチームの原則が示されました。

ワークショップでは、MBTI(マイヤーズ・ブリッグスタイプ指標)を使い、参加者を16のパーソナリティータイプに分類。「外向性・内向性」「感覚志向・直感志向」「思考志向・感情志向」「判断志向・知覚志向」という4つの軸から参加者自身の志向性を探り、それぞれが有するギフト(自然に発揮できる長所)を認識することができたようです。

チームが機能するためには、心理的安全性および目標に対する達成責任が高い状態であることが大切だといいます。そのためにチーム内で意識することや取り組むべきことなどが解説され、多様なバックグラウンドを持つメンバーをマネジメントしていく手法を実践的に学びました。

バイオデザインワークショップ

講師

柿花 隆昭

東京大学医学部附属病院心臓外科 特任研究員

桐山 皓行

東京大学医学部附属病院循環器内科 特任臨床医
スタンフォード大学バイオデザイン グローバルファカルティ

本ワークショップでは、医療機器開発において観察結果から問題点の抽出を行い、ニーズステートメントを整理。ニーズ調査やニーズクライテリア作成までを実践しました。セッションは、講義パートとグループワークパートを交えて進められました。

最初に、医療機器ビジネスやバイオデザインプロセスの特徴について解説がありました。医療機器ビジネスが成立するには、有用性(ニーズ)・技術的実現正・事業性の3つが重なることが重要で、通常の商品開発よりも複雑なため戦略的に行わないと成功は難しいといいます。また、バイオデザインプロセスは、医療現場のニーズを基にした課題解決型イノベーションであり、ニーズ探索の段階から事業性を検証することが大切であることなどが語られました。

続いて、実例に基づいて観察と課題の特定を行います。まずは講師による実演で、糖尿病性足壊疽で右大腿切断をした患者をケースに、ペイシェントフローを作成して観察結果を理解し、課題をニーズに落とし込むまでの流れが示されました。また、抽出したニーズを基に、ニーズステートメントを作成する方法についても解説がありました。

グループワークでは、参加者自身が観察と課題の特定を行います。糖尿病と高血圧のある認知症患者が脳卒中になり、退院後も左上下肢に痙縮が残存。自宅で転倒して人工骨頭置換術を受けたというケースを例に、ペイシェントフローからニーズステートメントの作成までを実践しました。各グループからは「糖尿病高血圧患者にとって、脳出血を防ぐために、事前に簡単に予見する方法」「痙縮患者にとって、自宅で生活するために、万一転倒しても骨折しない方法」「服薬が必要な認知症患者にとって、服薬忘れを防ぐために、飲み忘れを知らせる方法」などのニーズステートメントが発表されました。

次は、ニーズステートメントを修正してブラッシュアップします。ターゲットを明確にすること・ソリューションを入れないこと・価値を定量化すること・因果関係を明確にすることなどの注意点を踏まえてニーズステートメントを整理し、ニーズのスコーピングまでを実例を交え解説。グループワークでは「痙縮患者にとって、自宅で生活するために、万一転倒しても骨折しない方法」というニーズステートメントをピックアップして修正を加えます。その結果、ニーズステートメントは「70歳以上の片麻痺患者にとって、入院率を減少させるために、転倒による大腿骨頸部骨折を予防する方法」とブラッシュアップされました。また、参加者はニーズのスコーピングにも取り組みました。

その後、疾病の基礎・既存治療法・ステークホルダー・市場分析という4つの観点から、ニーズの絞り込みと調査を行う手法が解説され、ニーズクライテリアの重要性が話されました。グループワークでは、ニーズの調査と点数付け、GAP分析、市場規模の推定を行い、ニーズクライテリアを作成。最後に、今後必要となる客観的評価資料の作成について説明があり、本セッションが締めくくられました。

プロトタイピングワークショップ

講師

松井 克文

東京大学 本郷テックガレージ ディレクター

本ワークショップでは、「人が欲しいと思うプロダクトをつくるためのプロトタイピングを習得すること」を目的として、チームでプロトタイプ製作に取り組みます。冒頭、講師の松井克文氏よりワークショップの概要説明がありました。

一般的に、90%以上のスタートアップが予測した計画をほぼ達成できずに失敗するといわれ、その最大の理由は「No market needs」だといいます。そもそも人が欲しがるものをつくっていないことが失敗の原因で、資金力やチーム力があったとしても、「No market needs」を克服しなければ多くが撤退の道を辿ってしまうのがスタートアップの世界だと説明がありました。

プロジェクト初期に大事なのは、事業計画を書くことよりも「つくる・話す・決める」を繰り返すこと。本郷テックガレージ(HTG)ではリーンスタートアップの検証サイクルをもとに「プロダクトをつくって顧客と話し、意思決定を繰り返す」という、よりシンプルなプロセスを重視しています。意思決定においては、ユーザーや顧客が興味を示さなければイテレーションを回して新しい解決策を探り、それでもうまくいかなければピボットするべきだと語られました。

さらに、プロトタイプは仮説であるアイデアを具現化して検証するためのもので、ユーザーや顧客からのフィードバック獲得に欠かせず、アイデア変更などの意思決定を行うためにも必要なものだと説明がありました。そのため、実際にテスト可能な機能やソリューションを実装した試作品をチームでつくることが大事だといいます。そこで本ワークショップでは、市販されているハードウェアを組み合わせて電子機械システムをつくり、「アイデア発想・プロトタイプ製作・デモ・ふりかえり」までを体験します。

プロトタイプ製作は、教育向けマイコンボード「micro:bit」、センサーやスピーカーなどのモジュールがセットになった「Grove Kit」、入門用プログラミング言語「Scratch」などを使って進められます。続いてのチュートリアルでは、こうしたツールの使い方や設定方法などが細かく説明されました。

その後、2チームに分かれてデザインスプリントが行われました。最初にチームを知るためのアイスブレイクも兼ねて、各自が付箋に自分の「好きなこと」を書き出し、メンバー共通の「好きなこと」を探り出します。次に、その「好きなこと」に対する医療の課題を挙げ、本ワークショップで各チームが取り組む課題や解決策を見つけます。それをもとに、プロトタイプに実装したい機能のアイデアを出し、実用最小限の製品(Minimum Viable Product)になるように3つの機能を選択。チームが製作するプロトタイプの仕様が決められていきました。

こうしたアイディエーションには、デザインスプリントを本ワークショップ向けに改変したメソッドが用いられ、短時間で多くのアイデアを出す「クレイジー8」、アイデアの質だけを純粋に評価する「サイレント評価」といった手法が活用されました。

各チームが製作するプロトタイプは、小学校入学を控えた子どもがトイレに行けないという課題に対して、パンツの中で排便を検知してブザー音を鳴らす「便強パンツ」、ベッドに寝たきりの人がかゆみを覚えた際に音声やジェスチャーを認識して機械的に掻いたり冷やしたりしてかゆみをとる「かい~の?1号機」。どちらもアイデアやユーモアにあふれた試作機です。

プロトタイピングは、冒頭でチュートリアルのあったツールのほか、段ボールやガムテープなどの工作材料なども用いられ、機能を統合させて体験として実感できる試作機になるよう作業が進められました。完成後は各チームから発表を兼ねたデモンストレーションがあり、ゲスト講師によるフィードバックが行われました。

最後に、経験学習サイクルに基づいた経験のふりかえりが行われ、参加者は意見を交換。「サイレント評価では、アイデアを具体的な対象に落とし込んでいけるのがよかった」「第三者にしっかりと機能を伝えられるプロトタイプをつくることが大切だと実感できた」「コアとなる機能を的確に具現化するのは難しいが、それこそが重要なポイントだ」といった感想が述べられ、学びが共有されました。