2021年7月2日、東京大学にて令和2年度採択者を対象に『第2回ケースメソッド』が開催されました。事業の入口と出口に着目し、ニーズの再検討や起業とのパートナリングにディスカッションテーマを設定。参加者は3チームに分かれ、グループディスカッションを行いました。グループディスカッションの合間には、株式会社Lily MedTech取締役 CTOの東隆氏によるオンライン講義も行われました。

グループディスカッション

第2回ケースメソッドのグループディスカッションでは、想定される2つのケースに対して「開発プロセス上の問題点」「プロジェクトのリスク回避方法」「今後取るべきアクション」などついて議論され、各グループによる発表が行われました。

ケース1「歯科材料メーカーの歯周病診断装置」

ケース概要

ある歯科材料メーカーは、産業分野での技術やノウハウを生かし、大学教授と共に「歯周病診断装置」を開発。世界初の製品だが、現場の医師からは否定的な意見が多く、生産体制や予算にも計画上の甘さが見られ、当初の計画とはほど遠い販売実績である。

グループ発表の概要

まず『事業化の過程でどのような問題点があったか』についてのディスカッションでは、「ステークホルダーは誰か、市場はどこにあるのかが明確でない」「開業医と競合しないビジネスモデルをつくる工夫が必要」「既存の方法でも検査できていることから、現場の医師や患者がどういう恩恵を受けるかが明確でない」「保険適用されていないのがネック。予防歯科の適応まで広げて考える必要がある」といった意見があり、ニーズやマーケティングの課題が多くあげられました。

続いて『本来どうすべきだったか』というディスカッションポイントでは、「エビデンスをつくり、臨床的意義を明確にするステップが必要。その後、マーケットや製品仕様を明確にする」「歯科医に対して市場調査を行い、薬事相談をしっかりと受けておくべき」「このデバイスが臨床に導入される際のメリットとデメリットを分析するべきだった」という意見が出されました。

また、『今後どのようなアクションをとるべきか』というディスカッションポイントでは「リースで実績をつくるなど、ビジネスモデルを見直す」「歯科医が不足している国があれば海外展開を優先するのもよいのではないか」「コストダウン技術の開発や、サービス提供形態の見直しが必要。販売企業とディスカッションして理解を深める」といった意見が出されました。

本ケースでは、導入コンセプトの明確化や医療現場のニーズの把握、販売を視野に入れたチーム体制の構築など、事業化の初期段階で明確にすべき課題などが浮き彫りにされました。

ケース2「歯科材料メーカーの歯周病診断装置」

ケース概要

あるゴム製造販売業者が、2型糖尿病治療装置を県立大学の教授3人と共同開発した。販売にあたり、糖尿病検査装置の販売に強みを持つA社、部品のゴムパッドの高い製造技術を持つB社の2社との提携を進めていたが、大手医療機器製造販売業者であるC社からも提携の提案があり、以降提携の話が停滞した。

グループ発表の概要

まず『この製造販売業者はどのパートナーと事業連携すべきか』というディスカッションポイントについて、各グループで各企業と提携した場合のメリット・デメリットを整理。製造販売業者の立場になって考え、結論を導き出します。

各グループは、どのような共同開発体制になるのか、糖尿病分野の事業実績や海外販路の有無、技術提供の際のリスクや開発費負担など、さまざまな条件を総合的に判断し、どの企業が開発パートナーにふさわしいか議論を交わしました。

続いて『いつの時点でどのようなことを決めておけば課題を回避できたか』についてのディスカッションでは、「提携先候補を挙げる時点で自社がどこまでの業務範囲を担うかを決めておく必要があった」「あらかじめライセンスビジネスにするのかどうかを決めておく必要があった」「どれくらいの規模の新規事業を担うのか、何年後に事業として売り上げが立つのか金額ベースで決めておくべきだった」といった意見が出されました。

本ケースでは、医療機器業界における自社のポジショニングの明確化や、各パートナー企業の事業特性の整理、競争優位を発揮できるパートナー企業選定おける事業コンセプトの策定などに着目し、医療機器の事業化プロセスに対する理解を深めました。

オンライン講義「大学の研究シーズを活用した医療機器ベンチャー立ち上げの経緯」

スピーカー
株式会社Lily MedTech
取締役 CTO

東 隆

乳がんの現状と課題

当社は、東京大学での研究成果を基に、新たな乳房用超音波画像診断装置の開発を目指し、2016年5月に設立された医療機器ベンチャーです。

乳がんは罹患者数および死亡者数ともに年々増加傾向にあり、日本人女性の9人に1人が罹患するといわれています。がん治療技術が進歩しても、乳がんの死亡者数は減っていないのです。

また、日本や東アジアでは、比較的若い世代で死亡率が上がっており、日本の罹患率のピークは40代後半で、この世代のがん死亡原因の1位にもなっています。乳がんは、発見が遅れて主要臓器などに転移してしまうと生存率が低くなる一方、早期発見・治療ができれば、5年後・10年後の生存率が極めて高くなります。つまり、早期に発見することがカギとなります。

乳がんは予防が難しく、早期に発見するには検診が重要なのですが、日本の検診受診率は海外と比べて低く、約41%にとどまっています。また、一度受診したことはあっても、継続して受診していない人が多いのも実情です。

既存の乳がん検査機器

現在使われている主な検診機器は、マンモグラフィ検査とエコー検査の2つに大別されます。

マンモグラフィは、測定対象物を板で挟み、なるべく薄く平たく引き伸ばすことで放射線をより多く透過させる状況をつくるため、どうしても痛みが伴います。継続した検診率が落ちるのは、検査時の痛みが関係していると考えられます。

また、放射線機器ですから被ばくも伴います。日本や東アジアのように40代あたりから患者数が増える国では、検診による定期的な被ばくは、避けられるなら避けたいところです。さらに、年齢が若い方では、がん発見の感度が十分に高くありません。一方、精度管理が確立されていることや、実施する認定技師の数が多いことがメリットです。

エコー検査は、圧迫の痛みや被ばくがなく、年齢によって精度が変わってしまう問題もありません。ただ、どういった画像を保存するかの判断は技師が行うため、後から読影医が見直したくても、画像が記録されていない場所は見直すことができません。対象物に対して、画像が空間的に網羅されているわけではないのです。このように、高度なスキルが求められるエコー検査は、認定技師の数が少ないのも課題となっています。

マンモグラフィのデンスブレスト問題

ではなぜ、マンモグラフィは若い世代のがん発見感度が低いのか。それは「高濃度乳房(デンスブレスト)」の問題があるからです。乳房を構成する組織は脂肪と乳腺に大別され、その比率によって脂肪性乳房から高濃度乳房まで4段階に分けられます。統計では若い女性に高濃度乳房のケースが多くみられ、とくに50歳未満のアジア人女性の約80%が乳腺比率の高いデンスブレストだといわれています。

マンモグラフィでは乳腺も腫瘍も白く映るため、デンスブレストは乳がんの判別が難しく、結果として乳がんの発見精度が下がるのです。こうした現状と課題をなるべく早く解消するためには、継続受診を促すような新たな検査手法の導入が必要であり、より精度の高い検査技術が求められます。

当社で開発する「リングエコー装置」の概要

そこで当社は、リング型超音波振動子を用いた革新的な乳房用画像診断装置及びこれを用いたリングエコー撮像の開発に取り組んでいます。リングエコー撮像では、受診者がうつぶせになって乳房をベッドの穴に入れると、円環状の超音波振動子が上下に移動しながら乳房内を3次元的に撮像することができます。

リングエコーは乳房を圧迫しないため痛みがなく、放射線による被ばくもありません。ボタンひとつで撮像できるため高度な撮像スキルは不要となり、さらにAIによる自動診断支援も導入を進める予定です。また、既存の超音波デバイスから類推するに、デンスブレストに対して精度が下がらないものと考えられます。その医学的なエビデンスは、今後の臨床試験などで取得する予定です。

起業前後の経緯

当社は、2013年から東京大学の研究室でシーズ技術であるUSCT(Ultrasound Computed Tomography)の研究をスタートさせました(先に述べたリングエコー撮像はUSCTの撮像モードの一つです)。設立の2016年にはNEDO-STSに採択され、認定VCから出資も決定。同年、試作1号機が完成し、クリニックと東大病院にて臨床研究を開始しています。当社の特徴は、設立前から大学の研究においてプロトタイプ製作を進めていたため、設立年から臨床研究が開始できていることです。

設立後は、2017年にAMED医療機器開発推進研究事業に採択され、翌年シリーズAとして資金調達が完了。その後もAMED、JST、NEDOなどから支援をいただきながら、シリーズB、シリーズCと資金調達を進めてきました。

その過程で難しいと感じたのは、いかにマイルストーンを設定するかです。我々が重要とするマイルストーンと、支援や調達で重要視されるマイルストーンは、必ずしも一致しません。調達を優先しすぎるとプロジェクトが前に進みませんし、一方では想定外のことが起きて設定した時期までに開発が進まなければ資金調達が難しくなります。また、支援には多くの専門家が関わりますが、専門家の意見を会社の方針にどう反映するかといった点は、さまざまな工夫が必要でした。

起業の判断材料・事業進捗と資金調達の関係

起業の際に判断材料としたのは、以下の6項目です。〈1〉当該装置でしか解決できない“ペイン”があるか。〈2〉誰をターゲットに設定するか。〈3〉顧客はそれを本当に必要としているか。〈4〉外部が事業化を支援するほどの社会全体へのインパクトがあり、プロジェクトに取り組むべき必然性があるか。〈5〉これまで他社で実用化されていない理由は何か。競合参入を阻むものは何か。〈6〉設立後も継続的な成長性があるか。当社はこれらの項目をすべて満たしていると考え取り組みを進めています。

事業進捗と資金調達の関係においては、マイルストーンと資金調達が連動するため、都度、成果を出していく必要があります。シード期に大きな資金を集めるのは難しいですし、逆に資金を集めすぎてしまうと設立者の持分比率が減り希薄化が起こります。そのときどきで持っている資金を活用して企業価値を高めながら調達を行い、主導権は会社にありながら、より大きな額を集めてゴールまで到達する。そういった資本政策設計をしていく必要があります。

事業計画策定・人材戦略

事業計画策定に関していうと、大切なのはやはり、最初からあまり決めすぎないことです。決めすぎると後から修正できなくなり、企業が小さくまとまってビジョンやミッションが形骸化しかねません。事業計画はマイルストーン達成ごとに少しずつ精緻化するようにして、最初は柔軟性・成長性を残しつつ計画を練るのがいいと思います。あわせて、必要な資金規模だけは念頭に置いて資金調達を行うことも大切です。

医療機器開発のチームビルディングでは、医療機器メーカー出身者だけでチームを構成してしまうと、即戦力にはなる一方、大企業のやり方に慣れているため必ずしもベンチャーに適さない部分も出てきます。また人材の希少性が高く、望むタイミングで採用できないことがあり、事前に調整が必要になってきます。

計測装置の開発であれば専門性を有する非医療機器メーカー出身者を加えたり、大学発ベンチャーという意味では研究者なども含めて人材をミックスしたりできます。豊富な経験と知識を有するレガシー産業の長所と、スピード感や柔軟性といったベンチャーの長所を組み合わせることが重要です。また、開発体制においては、製造・販売業務を外部パートナーに委託することで効率化できます。医療機器開発は、学会との連携も非常に重要です。

医療機器ベンチャーの難しさとベンチャーならではの強み

医療機器はQMS上で開発されます。QMSは基本的にベリフィケーションがバリデーションになっていくプロセスであり、ウォーターフォール型です。一方で、ベンチャーはどちらかというとアジャイル的な開発をすることが一般的であり、このミスマッチを整合させるのは難しい部分がありました。さらに「QMSを構築しながら、そのQMS上でモノをつくる」ということを同時に進めるのは非常に困難を伴いました。

また、医療機器ベンチャーの立ち上げ経験のある人は非常に少なく、完璧な助言ができるアドバイザーもいません。専門家の意見を自分なりに修正して取り入れるなど、自分に合うやり方を見つけるまで試行錯誤する過程があります。

ベンチャーは経営者にすべての情報が集まり、トップダウン的に動けるのが特徴ですが、それには開発や薬事、製造など事業範囲全体の理解が求められます。マネジメントに関しては、医療機器メーカー出身者から若手まで多様性のあるチームづくりが求められ、協力してくださる医師・技師・医療機関も必須です。外部の協力パートナーも継続的に探す必要があるでしょう。

一方、ベンチャーならではの利点としては、社会課題の解決のために創業しているので、社会の理解を受けやすく応援を受けやすいことです。グローバルな社会課題であれば、国の応援も期待できます。医療機器メーカーは企業の特色が際立ち、挑戦意欲の高い人材の入社を招きやすく、人材市場での競争力が高いのも強みです。また、環境変化に適応しやすく、会社全体が効率的に動けたり、目的が常に明確で経営判断に関わる意思疎通が非常に迅速だったりすることも、ベンチャーのメリットだと考えられます。